デストロン四国占領作戦(『仮面ライダーV3』第20話)

あらすじ

デストロンは密かに四国に上陸し、四国全土を占領する計画を企てていた。その計画に必要となるSS装置を中南米の基地から空輸し、松山に建設したアジトで組み立てていた。しかし、組み立てを担当していた深澤博士は、装置を爆破して設計書を持ったままデストロンを脱走。道後温泉のロープウェーの下で、現地の少年ライダー隊員・ケンイチに発見・保護された。

深澤を通して語られたデストロンの四国占領計画は、松山から各地のライダー隊支部を経由して東京の本部まで伝達された。藤兵衛ら一行は、海路で松山へ向かったが、そこで志郎がデストロンの改造人間・ギロチンザウルスの襲撃を受けた。なんとか襲撃は退けたが、既に志郎達の動きはデストロンに捕まれていた。

道後温泉入りした志郎は、「ホテル奥道後」でケンイチと接触し、深澤博士と面会しようとするが、深澤博士はホテルの庭に散歩に出ており不在だった。
「危険だ!!」
志郎の不安は的中し、深澤博士はデストロンのドクバリグモに襲われ、気を失った状態で志郎に発見された。この時、彼は既にドクバリグモのコントロールビールスを注入され、意識を乗っ取られていた。

深澤の(偽の)証言を頼りに松山城へデストロンのアジトを探しに向かう志郎。しかし、ホテルには深澤が手引きしたドクバリグモらが現れ藤兵衛と純子は捕らわれてしまう。

松山城ではギロチンザウルスが志郎を待ち受け、志郎はV3に変身してギロチンザウルスと戦う。が、ギロチンザウルスはドクバリグモが捕らえた藤兵衛ら3人を人質として、V3に降伏を迫った。「お前をギロチンで処刑するのを条件に3人を開放する」という条件をやむなく受け容れるV3。戦闘員に身体を拘束され、その首にギロチンの刃が迫る。

V3の運命やいかに?

解説

道後温泉

松山・道後温泉でのロケですね。

藤兵衛達が松山へ向かったカーフェリー「おくどうご2」は、1973年に就航とのことなので、当時はまだかなり新しい船だったということになります。神戸-今治を結んでいたようです。国内では1982年に引退したことになっています。就航からわずか9年での引退は少々早すぎる気がしますが…。実際、その後は台湾やフィリピンへ渡って、船名を変えて2007年まで活躍した後解体されています。国内よりも海外での活躍期間の方が長いという、ちょっとかわった経歴を持つ船ですね。ちなみに、姉妹船として「おくどうご」もあったとのことですが、同じような経歴を辿り、解体時期もほぼ同時期です。

藤兵衛達が宿泊した「ホテル奥道後」奥道後 壱湯の守と名を変えて現在も営業しています。2014年に現在の名前になったのだとか。

今回、深澤博士がドクバリグモに捕まった金閣寺似の建物は「錦晴殿」といい、道後温泉の遊園地に存在していた建物で、1966年に2億円近い費用を投じて建てられた道後温泉のシンボル的存在だったようです。金閣寺を摸して作られた建物ですが、周囲の景色との調和ぶりで、割と観光客にも高評価だったとか。こちらは残念ながら、2001年の愛媛豪雨で消失し、現在に至るまで跡地が残るのみで再建されていません。

ところで松山と言えば、本郷猛こと藤岡弘、が確かこのあたりの出身で、高校では松山に通っていたはず。次回、ライダー1号2号が(V3の意識の中にだけ)登場するのはなにか関係が…無いか、さすがに(笑)。

「ザウルス」?

前回、怪人ハリフグアパッチのネーミングに対する違和感を書きましたが、今回登場のギロチンザウルスも一瞬「?」って思いますよね。ザウルスってなんじゃい。シャープのPDAか?(注:当然だがシャープのPDA「ザウルス」は1993年発売なので全く関係は無い)

ザウルスって恐竜の名前に着いているイメージがあると思いますが(ティラノザウルスとか…)、ラテン語で「トカゲ」を意味する言葉であり、トカゲの学名にもなっているのだそうです。なので、「ギロチンザウルス」というネーミングは馴染みは薄いかも知れませんが、別に間違いではありませんね。

脚本:伊上勝
監督:山田稔

第19話「ハリフグアパッチの魚雷作戦!!」第21話「生きていたダブルライダー」
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